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昭和13年7月
●大村林太郎、大村製作所を創業。プレスボタン(ホック)の生産量、毎時1万個の自動化に成功。日本発明協会から進歩賞を受賞。
以来金属加工・合成樹脂成型・金属彫刻・リール・文房具・機械金属などの製造を開始。
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昭和18年1月
●企業統制により興亜樹脂工業有限会社と改める。 合成樹脂成型の軍需品を生産。
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昭和19年8月
●精密技術を活かして富士電波航器株式会社を設立。
電波探知機航空機の計器用電灯など、 航空機部品の製造組み立てを開始。
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昭和20年
1月
●富士工業株式会社を設立。 旧富士電波航器株式会社の債権債務を継承。
6月
●空襲を受け工場全焼。焼け跡に工場を建て、航空機部品等を製造。
終戦と共に、石鹸箱・釣り針入れ・肉池などを製造し再起を図った。
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昭和21年4月
●時計の伸縮バンド・富士リール・ライモン肉池などの製造を開始。
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昭和29年1月
●時計伸縮バンド、全自動バネ巻機完成。日産10万個。
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昭和34年3〜4月
●大村林太郎、静岡県発明考案賞・静岡市産業功労賞を受賞。
時計伸縮バンド、品質・生産量共に日本一に輝く。日産4,000本。

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当時の工場(静岡市)
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昭和35年
●平和産業の台頭と相俟って、レジャー時代到来を展望、釣具への転換に着手。大村隆一(第二代社長)、第一回全日本スポーツキャスティング大会で優勝。以来8回の優勝・最長飛距離記録を保持。
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昭和38年
●業界で最初に釣り竿用ガイドを意匠登録。
フジセラガイド(セラミック製リング)を発表。
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昭和40年
●全面的に釣具の製造販売に切り替え。
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昭和44年3月
●商標を 世界36ヶ所に登録。大村隆一、静岡県知事賞受賞。
「各種装置の考案が優秀」
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昭和45年
●小笠郡菊川町に125,000m2の土地を購入。 エコファクトリー構想を公表し、建設に着手。
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昭和48年4月
●大村林太郎、叙勲。勲五等双光旭日章。
昭和48年5月〜昭和51年1月
●菊川第1工場〜第4工場完成。
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昭和51年1月
●会長制施行
代表取締役会長、大村林太郎就任。
代表取締役社長、大村隆一就任。
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昭和52年4月
●菊川第5工場完成。
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昭和55年7月
●菊川第6〜第8工場完成。
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昭和56年3月
●菊川事務所・倉庫・講堂完成。
フジSiCガイド(シリコンカーバイド製リング)を発表。
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昭和61年6月
●本社東事務所完成。
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平成3年
●菊川工場内に技徳神社、設立。迎賓館、完成。
11月
●大村隆一、社会保険庁長官賞受賞
厚生年金保険事業の発展に尽力。」
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平成4年3月
●社団法人 日本釣用品工業会設立。
大村隆一 初代会長に就任。
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平成5年4月
●大村隆一、科学技術庁長官賞受賞。
5月
●本社東事務所増築工事完成。
10月
●日経産業新聞創刊20周年記念「小さな世界トップ企業賞」受賞。
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平成6年3月7日
●創立者、大村林太郎、逝去。
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平成8年4月
●大村隆一、黄綬褒章受賞
11月
●日本チタン協会開発功労賞受賞
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平成11年11月
●DBシリーズガイド、グッドデザイン賞受賞。
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平成12年10月
●LCシリーズガイド、グッドデザイン中小企業庁長官特別賞受賞
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平成13年6月
●代表取締役会長 大村隆一、
代表取締役社長 大村一仁 就任。
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平成14年4月
●LV型、SV型、N型ガイド米国立体商標権取得。
5月
●大村隆一、勲四等瑞宝章 受賞。
11月
●中国工場、青島富士工業有限公司 設立。
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平成15年11月2日
●取締役会長大村隆一、逝去。
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平成17年5月28日
●青島冨士工業有限公司開所式 本格稼働開始。
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平成18年5月25日
●大村一仁、社団法人 日本釣用品工業会副会長に就任。
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